成犬1頭
なな メス
16才
しろ太
13才
マーチ
15才
名前 非公開 ダックス
10才
サン太
推定14才
じーじ
推定17才
トロ
推定17才
H27年4月2日老衰で死亡。 H27年7月9日老衰で死亡。 H27年7月17日老衰で死亡。 H27年4月9日
老衰で死亡
H27年11月19日病気で死亡。 H27年11月21日老衰で死亡。 H27年12月25日老衰で死亡。 H27年11月19日病気で死亡。
H24/5 /10 保健所引取 H25/3 /2 引取 H25/12/10 保健所引取) H27/5/13
保健所引取
H26/3/5
保健所引取)
老猫 1匹 
衰弱により入院、4/28退院
成猫 1匹
 
負傷により入院
成猫 1匹 
骨盤骨折、出血、重症により入院
ニャンキー
推定 19才
ゴンパ
オス
ナック
オス
(ID376) トト(仮名)
H27年2月26日老衰で死亡。 H27年1月3日病気により死亡 H27年2月21日病気により死亡 H27年3月4日病気により死亡 H27年7月17日病気により死亡 5月6日死亡 4月25日死亡 6月4日 死亡
H26/6/27 引取 H26/3/24〜4/4 保健所引取 H24/11/19 保健所引取 H26/8/27 保健所引 H27/4/14 保健所引取2 H27/4/16 保健所引取1 H27/6/3 保健所引取3
子猫 成猫 1匹
衰弱により入院
セシル
10才
チャーリー
生後 8カ月
えびす りゅうくん
H27年11月5日病気により死亡 H27年12月14日病気により死亡 H27年1月12日病気により死亡 H28年2月13日死亡
H27/5/15 保健所引取 H26/3/24〜4/4 保健所引取 H28/2/1 引取


(当会改名 トロ)オス、年齢不明 1月30日(土)天国へと旅立ちました。
保健所に収容され、当初から斜頚(しゃけい)首が片方に傾いていました。
病気を理由に捨てられ 遺棄されたと思われます。

引取った後、直ぐに、病院に連れて行き、獣医から、大学病院での検査を勧められ、放置すれば、余命3ヵ月と宣告されました。
大学病院までの長距離の移動(搬送)のストレス、検査、手術、治療の通院は高齢のトロちゃんに負担になり、悪化する心配があったため、内服薬だけで様子を見ていました。  (写真)引取った当初、まだ症状が軽かった頃のトロちゃん。

トロちゃんの症状は改善することが無く、環境の変化と菅原家の保護環境に馴染めなかったことが原因なのか、引取った数日後から平衡感覚がなく症状が悪化してしまいました。
トロちゃんは脳障害によりご飯にありつけることが出来ず、口元まで食べ物を運び、与えていました。

起きているときは、首は片方に傾き、ぐるぐる回り、体をねじらせ何度も前方に回転していました。
トロちゃんが転がって、体を痛めないように 周りをプラダンで囲い、繰り返し洗濯の出来るラグジュータンを敷いていました。

トロちゃんには、脳の病気以外に、全身に、数え切れないほどの腫瘍があり、大きいもので首に、こぶし大程の大きい腫瘍がありました。
獣医から余命宣告されてからトロちゃんは、2年も難病に負けず精一杯生き抜いてくれました。

平成26年3月5日に保健所から引取って、トロちゃんが亡くなるまでの2年間、トロちゃんの症状が良くなるように手を尽くしたのですが改善することはありませんでした。

今まで生きてきた一生の中で幸せを感じたことがあったのだろうか、辛い生涯だったのかもしれません。
トロちゃん、ごめんね。

探さない、捨てることは殺すことと同じことです。

身体の不自由なトロちゃんを見捨てたのか、不明ですが、飼い主が許せません。

捨てる人は「きっと 優しい人に拾われて幸せになるさ」 の考えを持っているのかもしれません。
でも、現実は、トロちゃんの様に障害のある子や衰弱、重症の病気、高齢の多くは、行き場も無く、私たちの目に触れないまま命が失われているのです。

捨てられた後の現実、決して安楽死なんかではない死を待つ犬猫たちの真実を一人でも多くの方に知ってほしい。ログ サイトよりご覧ください。



松柴 メス(推定15歳)1月24日(日)早朝、遠い天国へと旅立ちました。
松柴ちゃんは、保健所に収容され、高齢であることから、貰い手が無く、殺処分の可能性があることから引き取ることにしました。
引取った当初、体は痩せ細り、弱視、聴力低下により、10才は過ぎているように見えました。

27年1月13日に保健所から引取った当初から、認知症の症状がみられ、
1年が経って、症状が進み、目が悪いので他の子が寝ているところに突進したり、
徘徊して、壁にぶつかり、狭い隙間に入り込んで、前進、後退もできなくなり、身動きが取れず、自分の思ったように動けなくなって大きな声で昼夜問わず叫んで鳴き出す症状がありました。
引取った当初
生活状況を工夫して動けなくなるのを予防していれば、もう少し症状が軽減出来たかも知れません。
それだけが心残りです。

鳴く症状以外は、寝たきりになるなどの介護をする事が無く、手の掛からない子でした。
愛犬の健康 食事 病気 しつけ 老犬との暮らしまで何でも揃ってるポータルサイトです。
松柴ちゃんは、良く食べ、良く眠り、自宅スペースをフリーに過ごし、犬生を、全うして自然に息を引き取りました。
皆様からの応援で、少しだけ、寿命を遅らせることが出来たと思っています。

応援してくださった皆様に感謝いたします。
▲亡くなる1週間前



(えびす オス)引取って 約2年 1月12日に天国へと旅立ちました。
飼い主は精神障害を持ち 野良猫にえさを与え、不妊手術を行わず、15匹まで増やし、不衛生な環境で飼育し、悪臭、放し飼い、糞尿により、周辺住民に迷惑問題となっていました。
飼い主は生活苦から、15匹の猫たちに十分なえさを与えず、自ら保健所に持込み、放棄しました。
15匹中、1匹は、保健所から一般の方に譲渡されました。

引取った当初は、14匹みな、栄養不良により、ガリガリに痩せて、状態が良くありませんでした。
近親交配や栄養失調などが原因とみられる 脳障害からくる斜頸のケムくん、
えびす、オズちゃんは、目に障害を持っていました。
引取った当初の内容は こちらです。

えびすは、人馴れした甘えん坊の子で、募集会に、何度か参加しましたが、新しい飼い主との出会いは叶いませんでした。
アニマルピースで暮らし、ボロボロの状態から良く食べて少しずつ元気になって、これからゆっくりと、
長生き出来るとばかり思っていました。
えびすは口内炎により、ご飯を食べなくなり、脱水症状と、高齢による腎不全で、
病院に入院していましたが、5日後、病院で亡くなりました。

保護した子、1頭1頭に接する時間がほとんどありません。
せめて、ご飯を美味しく食べてもらえるよう、過ごし易い環境つくりを心掛けています。
一緒に過ごした ナックと天国で会えますように…

毎日のように野良猫や迷い猫、捨て猫、多頭崩壊など保健所に持込まれ、悲しいことが繰り返されています。

「迷子にしなければ」  「放し飼いしなければ」  「不妊手術をしていれば」  「終生飼養していれば」
不幸になることの無いはずの命です。

繰り返される放棄、人知れず失われる命。
一人一人の意識が変らない限り同じことの繰り返しです。



当会改名 じーじ オス、推定17才 12月25日 天国へと旅立ちました。
じーじは飼い主に連れられ保健所に収容されていました。
高齢により里親さんは探さず、終生面倒を看ると決めて引取った子です。

引取った当初は、飼い主から置いていかれた情況を悟っていたかのような暗い表情をしていました。
(写真)引取った当初のじーじ
じーじは、吠えることもしない物静かな大人しい性格でした。
5月13日に保健所から引取り、7ヶ月の短い期間でした。
どのような事情であったかは定かではありませんが、本来なら暖かい家族の一員として心穏やかに介護を受けながら、ゆっくりと余生を送るはずだったことでしょう。

たくさんの幸せはなかったけれど、生きてきた数年のうちのほんの短い期間でも、特別に作ったご飯を最期まで美味しそうに食べてくれたことがせめてもの救いです。



12月14日生後 約8カ月のチャーリー オス、天国へ旅立っていきました
保健所から救い出し、乳飲み子から育て、チャーリーは、預かりボランティアさん数名宅を移動し、愛情を受け、
5カ月前に菅原家へ来ることになりました。

預かりさん宅で、真菌を患い、パルボ感染から生還、菅原家へ移動してから、風邪を患い、猫伝染性腹膜炎
(FIP)の数々の病気と闘い、僅かな生涯でした。

チャーリーは4兄弟で、4匹はみんな人馴れした性格の良い子たちでした。

兄弟のうちの2匹は、2匹一緒に里親さんに引取られ、チャーリーは兄弟のアトムといつも一緒で片時も離れない2匹は仲良しでした。
仲良しだったアトムが引取られることになり、募集会場で、アトム君を里親さんへ渡した後、チャーリーは1匹残され、離れた寂しさで、しばらく鳴き続けていました。
アトム君と離れ離れになって2カ月、寂しさの心の変化が体調を崩す原因の一つになってしまったのかもしれません。

チャーリーは、原因不明による FIP(伝染性腹膜炎)を発症し、助からないと余命宣告されました。
私が見付けたサイトです。
4日間皮下補液(静脈点滴)投薬に通院していましたが、他の病院へ入院をお願いしました。

診察台で、チャーリーは、最後の力を振り絞って私に甘え、目を細めてゴロゴロと喉を鳴らしていました。
チャーリーの辛そうな姿と、助かって帰って来てほしい、そんな想いで、胸がつぶれる思いでした。

入院してから5日後、願いは叶わず、チャーリーは、亡くなりました。

命をつなぐために救った命でしたが、半年あまりの短い生涯でした。
チャーリー の幸せを果せなかったことが悔しさで、いっぱいです。


命をつなぐつもりが、救えなかった命がありました。
今年は、預かりさん宅で、乳飲子や不明により70匹近い数の保護した子猫が亡くなりました。

多頭による保護は、ストレスから、様々な症状(咳、くしゃみ、鼻水、目やに、涙目、
発熱、食欲不振、下痢、嘔吐)風邪ウイルス、多種の伝染病の感染が広がり、命を失う危険が高くなります。
移住のストレスが一気に悪化して命を失う危険が高くなります。
飼い主に大切に飼われ、飼い主と離ればなれになった場合や、野外で自由気ままに過ごして、人に馴れしていない猫、高齢の猫は、移住のストレスや環境に馴染めず、自ら生きていくことを拒否しているかのように何日も食べない子もいます。

猫を保護する場合は、一家に少数(子猫の場合は一腹)の保護、感染の広がりの防止と、ストレスを感じないような環境にすることが良いと思われます。



やっと幸せになれたのに…。
ダックス ジェイドくん オス 9才 病死により、11月29日に亡くなりました。


子どもの面倒と飼い犬の世話の両立が困難になり、飼い主さんから相談を受け、
ジェイドくんに幸せが見付かり、新たな犬生をスタートしたばかりなのに、里親さんに引取られてから5カ月…。

ジェイドくんは亡くなる3日前に急変し、点滴入院をしていましたが、里親さんが見守る中、ジェイドくんは亡くなりました。
里親様に連れられ何度か募集会会場に来てくれたときは、ジェイドくんは、里親さんに甘え、2週間前に会いに来てくれたときには、元気な姿から亡くなるなんて、思いもしませんでした。

5カ月の少しの期間でも、里親さんと過ごし、優しさを感じてもらえたことと思います。

ジェイちゃんの笑顔はずっと忘れないよ。

みんなで、ジェイドくんの冥福をお祈り致します。




11月21日(土)深夜、
さんた オス、(推定14歳)が、遠い天国へと旅立っていきました。

保健所に迷子で収容され、飼い主からの捜索の届出は無く、収容期限が切れたら殺処分される運命でした・・・。
問題行動をすることも無く穏やかな性格なのに、捨てられたのか、
捜さない飼い主は本当の飼い主と言えるのでしょうか
さんたが過去に、どのように暮らし、過ごしてきたのか、生きてきた数年のうちの僅かな期間でも、幸せに過ごせるよう、支援して頂いたフードや、缶詰を食べやすいようにして、温かくしてから与えていました。

食欲旺盛でしたが、亡くなる2日前から食べる量が減り、亡くなりました。

たくさんの幸せはなかったけれど、最期はボランティアの方々とみなさんからの温かいご支援や、優しさを十分に感じ虹の橋へと旅立ったと思います。
応援してくださった皆さまに感謝いたします、。



セシル 10才 メス 11月5日に天国へと旅立っていきました。

飼い主さんが(50歳)で亡くなり、その後、旦那さんがセシルちゃんの面倒を看ていたのですが、仕事で留守にすることが多くなり、セシルちゃんは、娘さんが住むマンションに移り住み、2年間、娘さんと暮らしていましたが、娘さんが住むマンションは、ぺット飼育禁止のため、引取ってほしいと相談を受けました。
セシルは、飼い主さんに大切に飼われていたようですが、飼い主が亡くなってから、娘さんから相談された内容から、大事にされず、セシルは寂しい生活を送ってきたと感じました。
セシルは1匹で大切に飼われていたため、移住や他に猫がいる慣れない環境で保護するのはストレスになると思い、セシルがストレスにならない静かに暮らせる、1匹で飼って下さる新たな家族探しをしましたが、該当するご家庭に巡り合うことはありませんでした。

引取ってから、心配していたことが、的中し、ご飯を食べない日が何日も続き、
2週間、点滴入院をしていました。
退院してから、セシルを、ストレスが無い部屋に移動をして、セシルが好んで食べてくれる缶詰をたくさん食べて、少しずつ元気になって、引取ってから、3カ月くらいが経って、要約私に甘えてくるようになって安心していました。

亡くなる3日前、セシルの異変に気付き、直ぐに病院でレントゲン検査を受け、呼吸気管に異常が見付かり、3日後に内視鏡検査を受けることになっていましたが、病院で検査を受ける前日に、苦しんで亡くなりました。
お世話しやすい、性格の穏やかな女の子でした。
平成27年6月20日に引取り、5カ月足らず、幸せを見つけてあげることが出来ませんでした。

天国にいる亡くなった飼い主のもとに無事にたどり着くことが出来ますように。



飼い主を待ち続けて2年、マーチ オス、老衰(15歳)
7月17日(金)の夕方、遠い天国へと旅立っていきました。


東日本大震災で被災し、亘理町に住んでいた家に住めなくなり、移住先のアパートでは飼えないとマーチを親戚に預けていたのですが、親戚の方は、面倒を看るのが困難と訴え、飼い主に連れられ、(当時13歳)平成25年3月2日に菅原宅に来ることになりまし。
マーチは、飼い主が去った後、雨の日、雪が降る日も毎日、門の前に座り、迎えに来るはずの無い飼い主を待ち続けていました。
飼い主へ事情を話し、説得をしましたが、飼い主さんは耳を傾けることはありませんでした。
募集会にも、何度も参加しましたが、新しい飼い主との出会いも叶いませんでした。
少しづつ、後足の衰えが進み、倒れると、自力で起き上がることも出来なくなり、3カ月寝たきりの
生活となり、最後は、苦しまずに、静かに息を引き取りました。
思い出すのは優しかったお父さん、お母さん、お兄ちゃん、
お姉ちゃんと過ごした思い出。




(トト)オス 7月17日(金)に天国へと旅立ちました。

保健所に収容され、誰も引き取り手がなければ殺処分を待つばかりとなっていました。
去年8月に引取って、1年。
猫ウイルス感染症(猫エイズ)のため、里親 さんを探さないで、生涯面倒を看る覚悟で、一番 環境の良い部屋で過ごしていました。

亡くなる2日前に異変に気付き、病院への搬送が遅れ、亡くなってしまいました。

捨てられた猫は=死に繋がる 過酷な運命、繰り返される悲劇がいつの日か無くなることを願っています。




東日本大震災で被災した(当会改名 白太)オス(保護当時11歳)
7月9日の朝、老衰、14 歳で、遠い天国へと旅立っていきました。

4年前の東日本大震災で、白太が住んでいた家が津波で流され、家族である飼い主と離ればなれになり、親戚の方に預けられていた白太は、大震災から1年後に、親戚の方が飼い続けられなくなり、保健所に連れられ、再び迎えにくることは無く、殺処分となっていました。
白太は、運良く、良心的な職員さんに助けられ、平成24年5月10日に、アニマルピースに来ることになりました。
フィラリア強陽性だったため、感情が昂ぶり過ぎた時に、突然 倒れて意識を失うことが、度々ありました。
白太が亡くなるまでの3年2ヵ月、自宅のスペースをフリーに、表情が明るくなって、他の老犬たちと元気に
過ごしていました。

亡くなる4日前から、ご飯を食べなくなり、亡くなる前日まで、ふらふらと自力で歩いていました。
亡くなる当日、私が朝起きて、白太は、私の姿を確認して、私の目の前で亡くなっていきました。


皆さまからの暖かい応援のおかげで、みんな幸せに過ごすことが出来、ご支援を頂き、感謝申し上げます



助けられなくて ごめんね
ペルシャ系 高齢 女の子 5月6日に亡くなりました。
民家の敷地にうずくまっていたところを、住人からの通報により、保健所に収容されていました。
衰弱した状態で、2週間、収容されて、引取って直に病院へ搬送し、毛玉が多く、汚れていたところを、刈ってもらい、検査をして、エイズのキャリアだというこが分かりました。
治療を頑張って、退院し、元気になることを祈っていましたが、10日後に亡くなりました。

最後のわずかな日でも、冷たい檻の中で亡くなっていくより、最後の時を見送ることが出来たことが救いです。



(名前 非公開)オス15才 4月9日(木)朝に天国へと旅立ちました。
夏の炎天下に長時間、身動きもとれないほどの短い鎖に繋がれ、日陰に移動も出来ず、飲み水も与えられず、散歩の世話もしてもらえず、放置されて…
美味しいご飯を食べる喜び、飼い主さんと触れ合う喜びを感じたことが無いまま、永い年月を孤独に過ごして…。

近所に住んでいた方が可哀想にと思い、2年前の7月頃にアニマルピースに来ることになりました。
あと少しの限られた命を、安心して過ごしてもらいと、病気の苦痛が無いか、
心配して、病院で検査をして、前立腺の腫瘍が見付かり、手術をしました。

アニマルピースに来たばかりの頃は体が痩せて、心を閉ざし、暗い表情をしていました。
時間の経過と共に少しづつ環境に馴れてきて、ご飯を食べてくれるようになり、庭を嬉しそうに駆け回って表情も明るくなっていました。

今月9日の朝、いつもより少し呼吸が速くなっていたので、もしかしたら…とこれが最後になってしまいました。
亡くなったななちゃんと同じく、私を困らせることも無い、控え目な物静かな手の掛からない大人しい子でした。

アニマルピースで過ごした2年間、 美味しいご飯を沢山食べて、自由に歩き回り、ほんの少しでも「幸せ」を感じてくれた瞬間があってくれたならと思います。

また いつか、私の元へ来てくださいね。



突然のお別れ…。 さよなら ナナちゃん
ナナ(メス16才)老衰で 4月2日(木)朝に天国へと旅立ちました。

サラ金の取立てに追われ、一人暮らしの男性が姿を消し、放置されて…。
宮城県 石巻市で、犬ねこの保護活動をされているアニマルクラブの阿部代表より、16年前(ナナが生後6カ月頃)に譲り受けました。

当時、アニマルクラブ代表が自費出版された本「それでも生きていく命のために」39ページにナナ、ロクのことが掲載されています。
ナナが菅原家へ来た頃は臆病な子でしたが、馴れてくると、自宅へ訪ねて来る人へ自ら甘えてアピールをしていました。
2年前に病院検査で、腎臓病を患っていることが分かり、
長生きしてもらうよう自由に歩き回れる環境でストレスを与えないよう心掛けていました。
去年辺りから雨、雪の降る中を構わず、フラフラと歩き回り、いくら呼び戻しても、再び外へ行っていつ亡くなってもおかしくない状態で心配していました。

ナナが亡くなる前日まで足元は少しふらつきはありましたが、自力で歩いていたので、亡くなるとは思っていませんでした。
忙しくてナナに十分に構ってあげることは出来ませんでしたが、イベントのある日以外は留守にすることも無く、美味しく食べられるご飯を与えられ…。
物資を支援してくださった皆様に感謝致します。

物静かな優しい子で、手の掛からない飼い主孝行のナナちゃんでした。
最期は眠るように安らかに旅立っていきました。

偶然にびっくり。
ナナが亡くなった日に、偶然に、阿部さんから贈り物が届いたのでした。



ニャンキー 19才〜メス先月2月26日に老衰で天国へと旅立ちました。
怪我をして夫の会社に突然現れたのが19年前、(現れたとき、成猫でしたので正確な年齢は不明です)
当時は、猫を室内での飼育が常識だと認識していなかったので、会社の事務所をねぐらに外を自由に過ごしていました。
その後、自宅で暮らして…。
保護した猫を迎え、何度もストレスになっていました。
19年間、よく頑張って生きてくれました。
亡くなるまでの5日間、目は開いたまま、瞬きをしない、反応が無く昏睡状態になっていました。
一匹きりで逝かせないようにと,最期の時はお見送り出来るようにと、家事の合間に何度も側に行って声を掛け、眠れない日も続きました。

19年間、ニャンキーが一番長く一緒に暮らした子です。
亡くなってから5日になりますが、日を追うごとに寂しさが増してきています。



(ナック)オス今月2月21日(土)に天国へと旅立ちました。


猫伝染性腹膜炎(FIP) コロナウイルスが原因で、腹水が溜まり亡くなりました。
多頭飼育者が放棄(保健所に収容され)去年4月にレスキューした14匹中の1匹(ナック)です。過去の掲載内容  河北新報朝刊に掲載内容

ナックは、人馴れした甘えん坊でした。
亡くなるまでの4日間、毎日夫がナックに寄り添い見守っていました。



アメリカンショートヘア(仮名・ゴンパ)今年9月で18才
今月1月3日朝、老衰(病気)で天国へと旅立ちました。

一人暮らしをしていた70歳の男性が、去年6月に亡くなり、男性が飼っていたアメリカンショートヘアのゴンパちゃんとロシアンブルーの2匹が残されてしまいました。
亡くなった飼い主さんの遺族の方がアニマルピースの連絡先が書かれた遺書を見付け、遺族の方から、相談を寄せられ去年6月27日に引取りました。

アニマルピースの一時預かりボランティアさん宅で保護され、高校生の娘さんが可愛がって、ゴンパと名付け、ゴンパちゃんは、娘さんのことが大好きで、気を引くために寝ている娘さんの顔に手を乗せて起こしていたそうです。
ゴンパちゃんは、食欲が落ち、呼吸がおかしいことに気づき、病院で、血液検査、レントゲン検査をして、結果、肝臓の中に出来物と心臓に腫瘍があり、多数の病気を抱えていました。

検査した3日後にゴンパちゃんは亡くなりました。

天国にいるゴンパちゃんの飼い主さんへ
ゴンパちゃんが迷わないように迎えに来てください。
そしてゴンパちゃんが天国にいる飼い主さんと逢えますように。